「緑なき島」

「緑なき島」
「軍艦島」は、長崎造船所で建造した戦艦「土佐」に似ていることから軍艦島と呼ばれるようになったそうです。

だんだん、軍艦島が近づいてきて、その圧倒的な雰囲気に緊張してしまいました。
思わず、その空気を前にして、手を合わせる思いで足を踏み入れました。

伊王島から乗船し、軍艦島へ向かう途中と上陸してからは、ガイドさんが色々説明して下さいます。
ガイドさんは、実際に、かつて「端島」(島の住民の方は軍艦島と言わないそうです)で生活された方です。

ピーク時の1960年には、東京区部の9倍強の人口密度で、世界一の過密都市になった島。

端島はその総ての敷地が岩礁および人口地盤の上に成り立っている島なため、人が植樹しないかぎり植物が育成する事はなく、
かつて、軍艦島は「緑無き島」といわれ、緑への思いが残るコンクリートの斜面が緑のペンキで塗られている跡が残っていました。

そして、閉山後30年を経て、現在は、至る所に植物が繁茂し、生命力の強さが感じられました。


『軍艦島』には、人々が命を懸けて家族や生活の為に生きてきた軌跡がありました。
軍艦島の息づいた時間と歴史に畏敬の念を抱きながら帰って参りました。